昭和42年8月16日 祈願祭 松本正宏
ただ今、親先生の御教話の中にもございましたように、今日はここでは始めての夏の祈願大祭が親先生御祭主の元にご奉仕を頂きました。
みんなが一生懸修行をなさりながらこのお祭りをお頂きになられた事を、共々に有り難い事であり、また、おめでたいことだともうどらもございます。
皆さん、あのあそこの信者控室にね、こういう三百年ぐらいたったお酒徳利、徳利に、あそこをあけると分かるとですけどね、あげてごらんなさい、ひまわりの花がさしてございます。ね、ひまわりの花です。皆さんが長い御祭典、そしてお説教、ね、本当にこう、身を入れておきませんと眠気もくる、膝も痛うなる、もう暑さはいよいよ募ってくる。ね。ですけれども、私はそれが、修行だと思う。この暑いのに、紋付き袴を付けて、もう背広をはきこんで、しかも四角四面にこう座って、ね、何かばからしいように思うのですけれども、でそうじゃないのですよ。そうしなければおられないという心が大事なのです。信心は。
ただ今親先生の御教話の中にも小倉の初代、または久留米の初代石橋親先生あたりの御信心の御内容を、お説き下さいました。ね、石橋先生にしろ桂先生にしろ、ね、やはりそういうようなところをやはり大事にしてこられたのではないでしょうか。
いつでございましたでしょうか。ある方が、ここではいつも、お話をさせて頂きます時には親先生の事か、久留米か、又は福岡か、じゃなかったら安武先生とか小倉の初代の桂先生のお話をさせて頂くのでございますが、本当に桂先生という方は偉い方であったなあと。
素晴らしい大徳を受けられたお方だなあと思われた。一体桂先生という方はどういうようなご修行をなさったお方であろうかと、思うた。そういう事を思い思い眠らせて頂いたら、お夢の中におばやけを作っておる。鯨の皮で、おばやけに暑い熱湯をかける。かと思うと次には冷たい氷のような水でそれにさらす。そういう事を繰り返しておる姿を、状態をお夢の中に頂いて、はぁーねがけに私が思うた、桂先生のご信心とはと思うたが、こういうような御信心、いやご修行を桂先生がなさっておられたのだなと思うて、その晩、一晩中感激して休まれなかったという、お届けを聴かせてもらったことがあります。
ね。暑い、寒い、そんな事はもうもろうともされなかったのですよね。勿論これは、お天候の上の暑い寒いだけの事ではありません。人間生活の上においても、やはり暑い寒いを感ずるような、様々な問題に必ず出会うのですから、その中から逃れようとせずにそれをまともから、いやしかも合掌をしながら元気な心で受け抜いていくというところにおかげを受けられ、徳と利が頂かれたのだと。あの、徳は頂きたい、利は頂きたい、おかげは頂きたい、あのひまわりのような信心は嫌だというたのでは、おかげは受けられんのです。徳も利も、ね。徳がほしいなら、利が欲しいなら、おかげが欲しいなら、どうでも、あのひまわりのように、あのひまわりは暑いからしおれない、しかも太陽が回るに従ってお日様のほうへ向かって咲くと言われます。とてもとてもみなさんがここでです、一時間、二時間の御祭典を頂いて、お説教を頂いて、眠きが来るような事で、うちわを使うようなことでおかげを頂けれるはずがありません。ね。
今日は、とりわけ、そういう親先生がお話下さいました御内容のような意味合いにおいて、小倉の初代が、大きな願いを立てられる。その為に九州一円の上に、様々な上に、商売の上に産業の上に、農作物の上に健康の上にありとあらゆる上に九州中の一大御ヒレイを願われた、しかもそれが願われたというだけではなく、その願いがです、その焦点がどこにあったかと。ね。どこまでも神様がお喜び頂けれるという、その事に確信がおありになり、焦点があったという事。
私は思いますのに、お互いの信心でもどうだと、ただ何十年続けておりますという信心ではなくてです、それぞれ信心に一つの焦点があってです、しかもその焦点に目指して、ね、私はお互いの信心が進められていくというものでなからなければ勢いがでないと思うのです。 ね。
特に、これは歌舞伎役者に限ったことじゃないですけれども、歌舞伎役者の、いわゆる、名優と言われるような方達の話の中に、ね、まずその役柄をです、ね、自分の心でまずいっぺん察知してしまわなければならない。その役の性根というものをつかまなければならない。と言われております。その役の性根をつかむという事が大事なんです。ただ形の上で芸がなされておるだけでは、もう死んだ芸だと、ね。百姓をすればもう百姓そのまま、女をするなら男でも女そのまま、いや女以上のいわば、そのつややら色気やらがあるというようにです、その性根をつかんどかなければいけない。
御大祭でもそうだと思う。春は教祖大祭、あぁーご無礼、春は天地の親神様の御大祭、秋は教祖大祭、夏はいわゆる祈願祭、しかも桂先生の御信心に基づいて、いわば、このお祭りはなされておるのでございます。ですからその形のところだけを把握したんじゃいけない。情根が大事なんだ。そのお祭りの性根をまず把握しなければいけないと思うのです。
これは月次祭だってもそうだとおもうのですよ。日々のお参りだってもそうなんです。今日の信心の焦点というものを一つはっきりしておいて、その焦点に向かって今日一日がその、例えば朝の御理解なら朝の御理解を今日一日の私の支えとういようにです、ね、いつもは大体、夏の大祭、私はそれぞれの性格がある。性根がある。その性根を私はまず把握させて頂いてのお祭りであるならばです、暑いとか寒いとか、暑ければ暑いほど有り難いというものでなからなければならないと思うのですよ。ね。
昨夜、御大祭前、前日必ず前夜祭を奉仕させてもらいます。けれども私夕べの前夜祭は少し変わった前夜祭を奉仕させてもらいました。それは、霊神様を御霊様を主にするところの前夜祭ございました。それは、桂先生の御霊様、ね、福岡、久留米、ね、または私の親教会である、初代の荒巻弓次郎先生あたりの御霊様へ御挨拶を申し上げるというよりも一つのいわゆる御霊様に対する祈願祭でございます。今日こうやってお祭りがご奉仕されます。それにはです、どうぞ、第一には桂先生の御信心のですその性根というものをです分かせてもろうて、神様のその性根に沿わないお祭りであってはならないと私は思うたから、ね、そういう意味合いでの前夜祭が夕べはここの、先生といわれる祭員の先生方十人で奉仕されました。
御祈念中に私こういう事を頂きました。ね。「この道を来る人もなし秋の暮れ」、これは俳聖といわれた、おそらく芭蕉の句だと思います。それを頂くのです。晩年、俳句の道を段々究めに究めてまいりますとです、皆が、まあ、( )、ひとかたの俳人、ひとかたの詩人と、どうやら句がひねれるようになたっと、もうそれだけで止めてしまう、句というものは、そんな遊び半分のもんじゃない、ここまで、ここまで句の精神というものを把握してすすんできた、こういうような境地も開けれるのに、それを、さあ自分にはたくさんの弟子がおるけれどもその弟子がついてこないという事は淋しい限りであるというような心境を句にしたものだと聞いております。ね。
桂先生の御信心、御精神というものをです、ね、これは私に下さったであろうと思います。明日はこうやってお祭りが奉仕されるがそれが形に終わったのではいけないのぞと。神様の願いとされるところの精神を精神として、それがおかげを頂かせて頂かなければならないのだぞということをです、下さったんだと。ね。
そこで私は桂先生のそんならば信心の性根というか、精神というものはどういうようなことであろうかと改めて思うたのであります。皆さんどう思われますか。いつも頂いておられるから、色々思われるでしょう、ね。
先ほど、ある方が頂かれたようにね、おばやけを創るように、ね、熱湯をかぶったり、ね、冷水をかぶったりそれがそういう、表行だけではなくて、日々の生活の上にもやはり、そういうような事でおありになったのであろうけれども、そこを一心に神様に心を向けになっておいでになられたと。
そういう例えば、おばやけをはじらかしたり、作らせて頂いたような修行は出来なくてもです、少しでも、ね、そういう道があるならば、本気でそういう道を本気で辿らせて頂こうとそちらのほうへ向きをかえての信心をさせて頂かなければならないという事を私は思わせて頂いた。ね。
神様の事ならば前には進んでも後ろには退かんという不退転の御信心。ね。桂先生の御教えの中に親に孝行して神に不幸をし、そして、親に不幸しておる氏子がある。ね、親に不幸をして神に孝行し、親に喜んでもらい親に孝行しておる氏子もあると仰った。ね。私はこういうところが私共の信心にかけておるのではないかと思うのでございます。
成る程、撫で摩りすれば親は喜ぶかもしれません。けれどもこと神様の事ならばです、ね、例え親が泣きすがっても、例え親がなんと言うても、例えば私の修行中なんか私の父が、母が申しました。もう。お前がばかじゃなし、商売の一通りできるお前が、こげな破れ鞄下げて破れ靴を履いて、あそこへお話をいかんなん、言うことをせずにお商売し方々、ね、信心を頂いていったらどうかと申しました。じっちゃまいいござるばい、お前がそげな風ならば、もう四国三枚なっとしや、しょうがなかっちいいござるというて、私を脅迫するのです。
けれども私はここから込み上げてくるほどにおかしかったです、その言葉が。なぜって、今に見よりなさい、今に孝行ができる、今こそ親不孝をしておるけれども、今に孝行ができるんだ。誰になんと言いうても、今神様から頂いておるこのことだけは曲げられんのだという、私は生き方でした。
そういう私はですね、桂先生のご信心をただいま不退転の信心と申しました。どういう方向へ向かって不退転かと。ね。人間心ではない。本当に神様の心を心としての信心が、または修行が、ね、やはりなされなければいけんのだ。いや、なそうという私はその気持ちがです、神様のお心に、いやそれは、まずくてできなくてもです、その道に向かって桂先生の後を慕うようにこの後についていこうとする、私は願いの信心が必要であると思うのでございます。
皆さんが徳が欲しいのです、利が欲しいのです。ね。そんならばですやはり、ひまわりのような信心がなされなければいけないです。ね。成り行きが求める。それはそのまま神様がもとめたもうのです。それを向こうへよけ、あちらによけをしておって、よいものがなられてくるはずがありません。そこんところ、その暑さに向かって向きを変えるような、修行に向かって向きを変えるような、私は信心こそがです、私は桂先生の御信心の御精神ではなかろうかと言う風に昨夜から感じさせて頂きました。出来ません。本当に相すまんほどに出来ませんけれども、そういう精神に基づいてそれこそ、牛の歩みのような歩みではございましょうけれども、一歩一歩そういう信心に近づかせて頂きたいという願いを持っております。
皆さんもどうぞこの祈願祭を境に皆さんが、それはピンからキリまでありとあらゆる願いをなさった事だろうと思います。けれどもそれが、ただ自分ひとりのための小さい願い。どうぞ健康になりますように、どうぞお金がもうかりますように、それでいいのです。けれどもそれがですね。神様の願いに一つになっていく祈りでなければいけないと言うことなのです。ね。お金の無い人はやっぱり経済のお繰り合わせを願わないかん。不健康の人は本当に健康のお繰り合わせ願わないかん。けれどもその健康がです、頂いたならば神様に喜んで頂くような、御用にお使い回しが頂きたい。百万長者にならせて頂いたならば、本当に神様に喜んで頂くような御用にでも本気でたたせて頂きたいと言う事を楽しみにです、私は信心をさせてもらい、そういう祈りをもって私は願うていくならばです、願いもまた神様のそれはそのまま願いであると言うことでございます。神様の願いはそのまま私ともの願いである。ね。
親の事は子が願い、子の事は親が願いと言われるが、ね、本当を言うたら親の願いも子の願いも一つになっていくところにです、私はお道の信心があると思うのです。ですから皆さんがただ我情我欲の願いだけをなさったのなら、今の内にです訂正なさっとかないけん。ね先ほどお願いしたのはお願いばっかりでしたから、それがいわゆる本当のところへこう道つけが出来ますように、そのことを改めてまたお願いなさらなければいけないと思うのでございます。
大変お暑い中に皆さん、共々に修行をさせていただきました。そしてこのような有り難い、お祭りを頂くことが出来ました。このお祭りを境にお互いが、願いを本当に成就してまいりますようなおかげを頂かせて頂くために、いよいよそのおかげの、これは聞いて下さったことだけは間違いなのですからね、親先生が汗、長々とお祝詞を奏上してくださった。ね、そのことを神様がみんな逐一(ちくいち)聞いてくださったことだけは間違いないのですから、それを受け止めるところの心が、ね、それをキャッチするだけの私共の心がね、その心をいよいよ確かめていかなければならない。それを今日は私は申したことでございました。
ご挨拶に変えましておかげを頂きました。